2026年9月13日に投開票された沖縄県知事選挙で、前那覇市副市長の古謝玄太(こじゃ・げんた)氏(42)が初当選しました。
現職の玉城デニー氏らを破っての初当選となり、沖縄では12年ぶりに保守系が県政を担うことになります。
宮古島情報サイト「みゃーくずみ」として今回特に注目したいのが、新しい沖縄県知事・古謝玄太氏と宮古島との深いつながりです。
1983年生まれ、那覇市首里石嶺町で育つ
古謝玄太氏は1983年10月23日生まれ。2026年9月現在42歳です。
那覇市で生まれ、首里石嶺町で育ちました。那覇市立石嶺小学校、石嶺中学校を卒業し、昭和薬科大学附属高校へ進学。高校時代は野球部に所属していました。
その後、2002年に東京大学理科2類へ入学。東京大学沖縄県人会を立ち上げ、初代会長を務めました。
古謝氏自身は宮古島生まれではありません。しかし、その家族をたどると宮古島との非常に深いつながりが見えてきます。
父親は宮古島出身、本家は「古謝そば」
古謝氏の父親は宮古島出身です。古謝氏の公式サイトには「父:宮古島出身(本家:古謝そば)」、詳細プロフィールには「祖父母は古謝そば経営」と明記されています。
琉球新報も古謝氏の父親について医師で、実家は宮古島市の老舗「古謝そば屋」と紹介しています。
宮古島で「古謝そば」といえば、島民はもちろん、多くの観光客にも知られる宮古そばの老舗です。
つまり新しい沖縄県知事は、宮古島の古謝家にルーツを持ち、本家が古謝そばという人物です。
母親は広島県出身
古謝氏には、本土とのつながりもあります。
公式プロフィールによると、母親は広島県出身です。
父は宮古島、母は広島県。そして本人は那覇市で生まれ育ちました。
こうした家庭環境も、古謝氏の人物像を知るうえで興味深い背景の一つです。
東京大学から総務省へ
東京大学では薬学部へ進み、卒業後の2008年に総務省へ入省しました。
その後、内閣官房、長崎県庁、復興庁などで行政経験を積みます。
長崎県では観光振興、国際、文化振興、財政などを担当。離島を抱える長崎県で行政に携わった経験も持っています。
2020年にはNTTデータ経営研究所へ転職し、沖縄県内企業と連携したスタートアップ育成事業を立ち上げました。
2022年には参議院選挙沖縄選挙区へ立候補。27万1347票を獲得しましたが次点で落選しました。
その後、2022年12月に那覇市副市長へ就任し、2026年2月まで務めました。
妻と5人の子ども、7人家族
古謝氏は政治家・行政マンとしてだけでなく、5人の子どもを育てる父親でもあります。
公式プロフィールによると、妻は鳥取県出身。現在は四女一男の5人の子どもを持つ7人家族です。
2022年の参院選当時は3女1男の4児の父でしたが、その後、第5子が誕生しています。
那覇市副市長として「産後パパ育休」
第5子が誕生した2023年には、那覇市副市長という立場で約1カ月の「産後パパ育休」を取得しました。
当時、特別職の副市長には制度が直接適用されないため、制度を準用する形で取得。古謝氏は、自ら率先して取得することで男性職員が育休を取りやすい環境につなげたいとの考えを示していました。
5人の子どもを育てる父親としての経験が、今後の子育て・教育政策にどう反映されるのかも注目されます。
宮古島にルーツを持つ42歳の新知事
1983年生まれ、42歳。
那覇市首里石嶺町で育ち、東京大学、総務省、内閣官房、長崎県庁、復興庁、民間企業、そして那覇市副市長を経て、沖縄県知事へ。
そして、その原点の一つが宮古島にあります。
父親は宮古島出身。祖父母は古謝そばを経営。本家は古謝そば。
那覇市生まれではありますが、宮古島にしっかりと家族のルーツを持つ新しい沖縄県知事です。
宮古島・多良間島にどう向き合うのか
宮古島では、観光、航空路線、物価高、人手不足、医療、子育て、離島交通、物流、港湾整備など、沖縄県政と直接関係する課題が数多くあります。
さらに、離島振興や安全保障など、宮古島だからこそ重要となるテーマもあります。
父親の古里であり、自らの家族のルーツでもある宮古島。
古謝新知事が、これから宮古島・多良間島をはじめとする離島の声を県政にどう反映していくのか注目されます。
宮古島にルーツを持つ42歳の沖縄県知事が誕生。
みゃーくずみでは、古謝新県政が宮古島の観光、経済、交通、子育て、暮らし、そして離島振興にどのような変化をもたらすのか、宮古島の視点から今後も追っていきます。



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