【10秒で分かる】宮古島100kmワイドーマラソンが終了へ
宮古島の冬を代表するスポーツイベント「宮古島100kmワイドーマラソン」が、第36回大会をもって終了することになりました。2026年1月25日に開催された第36回大会が最後の大会となり、2027年1月の第37回大会は開催されません。大会を支えてきたスタッフやボランティアの負担が大きくなっていることなどを背景に、実行委員会が大会終了を決断しました。長年にわたり全国からウルトラランナーが宮古島へ集まり、島の冬の風物詩として親しまれてきた大会が、一つの節目を迎えます。
宮古島100kmワイドーマラソン、第36回で終了へ
宮古島を舞台に長年開催されてきた「宮古島100kmワイドーマラソン」が、その歴史に幕を下ろします。
大会実行委員会は2026年8月13日に総会を開き、大会を終了する方針を決定したと報じられています。
これにより、2026年1月25日に開催された「第36回宮古島100kmワイドーマラソン」が最後の大会となり、2027年に第37回大会が開催される予定はありません。
単なる1年間の休止ではなく、長く続いてきた大会そのものが終了するという大きな決断です。
なぜ大会は終了することになったのか
大きな背景として挙げられているのが、大会運営を支えるスタッフやボランティアの負担です。
100kmという非常に長いコースを安全に運営するためには、スタート・ゴールだけではなく、コース各所の交通整理、ランナー誘導、給水・給食、救護、関門、選手輸送など、多くの人員が必要になります。
特に100kmの部は午前5時にスタート。まだ暗い時間帯から準備や運営に携わる人も多く、長時間にわたって大会を支える必要があります。
ランナーから見れば一日限りの大会ですが、その裏側では多数の島民や関係者による準備と協力が必要でした。
こうした大会を継続していくための人的負担が年々大きな課題になっていたとされています。
「冬の宮古島に人を呼ぶ」という役割にも変化
宮古島100kmワイドーマラソンには、スポーツ大会としてだけではなく、地域活性化という大きな目的がありました。
大会公式サイトでも、「走ることを楽しみながら自らの可能性に挑戦すること」「宮古島の自然を満喫すること」「競技者同士の交流」「健康増進」に加え、「地域活性化の推進に寄与すること」が大会の目的として掲げられています。
かつて冬は宮古島観光の閑散期でした。そこで全国からランナーを呼び込み、宿泊、飲食、レンタカー、観光などにつなげるスポーツイベントには大きな意味がありました。
一方、現在の宮古島は年間を通じて多くの観光客が訪れる島へと変化しています。
大会が始まった時代と現在では、宮古島を取り巻く観光環境そのものが大きく変わりました。
大会終了の背景には、こうした時代の変化もあります。
最後となった第36回大会は2026年1月25日に開催
最後の大会となった第36回宮古島100kmワイドーマラソンは、2026年1月25日に開催されました。
種目は「100kmの部」と「50kmの部」の2種目。
100kmの部は午前5時にスタートし、制限時間は13時間。下地公園をスタートして伊良部大橋を渡り、宮古島を一周して下地公園へ戻る壮大なコースでした。
50kmの部は午前11時にスタートし、宮古特別支援学校から東平安名崎方面を走り、下地公園を目指すコース。制限時間は7時間でした。
最後の大会には572人がエントリー
第36回大会の公式記録を見ると、100kmの部には319人、50kmの部には253人、合計572人が申し込みました。
実際にスタートしたのは、100kmの部300人、50kmの部241人の合計541人。
そのうち完走したのは、100kmの部174人、50kmの部178人で、合計352人でした。
完走率は100kmの部が58.00%、50kmの部が73.86%。全体では65.06%でした。
宮古島の風や気象条件、そして長距離という過酷さの中、最後のワイドーマラソンに挑んだランナーたちの数字が公式記録として残されています。
100kmを走って「宮古島を一周する」特別な大会
この大会最大の特徴は、何といっても宮古島を舞台に100kmを走り抜くことでした。
夜明け前にスタートし、暗闇から少しずつ空が明るくなっていく宮古島を走る。
海、サトウキビ畑、集落、橋、岬など、時間とともに変化していく島の景色を自分の足で感じながらゴールを目指します。
一般的な観光旅行では車で通り過ぎてしまう場所も、ランナーは一歩一歩、自分の足で進んでいきます。
宮古島の美しい景色だけではありません。冬の宮古島特有の強い風や天候の変化も含めて、島そのものと向き合う100kmだったと言えるでしょう。
伊良部大橋を走って渡るという体験
第36回大会の100kmコースでは、下地公園をスタートしたランナーが伊良部大橋を渡り、その後、宮古島を一周して再び下地公園を目指しました。
宮古島を代表する絶景の一つである伊良部大橋。
普段は車で渡る人が圧倒的に多い橋を、自分の足で走りながら渡っていく経験は、この大会ならではのものでした。
美しい海だけではなく、橋の上では宮古島特有の風とも向き合うことになります。
「景色の美しさ」と「自然の厳しさ」の両方を感じられることも、ワイドーマラソンの魅力でした。
100kmを支えていたのはランナーだけではない
大会終了を考えるうえで忘れてはいけないのが、ランナーを支えてきた人たちの存在です。
100kmものコースを使う大会は、ランナーだけでは成立しません。
早朝から交通整理を行う人、コースを案内する人、エイドステーションで飲み物や食べ物を渡す人、救護に携わる人、選手の安全を確認する人、ゴールで迎える人。
そして沿道から「ワイドー!」と声を掛けてきた島の人たち。
大会の表舞台に立つのはランナーですが、その100kmの挑戦を陰で支えてきた多くの人がいました。
だからこそ「ボランティアの負担」という大会終了の理由は、宮古島の地域スポーツイベントが今後どうあるべきかを考えるうえでも重要な問題です。
「ワイドー」に込められた宮古島らしさ
「ワイドー」は宮古島で使われる言葉で、人を励ましたり、「頑張れ」と背中を押したりするときに使われます。
100kmという途方もなく長い距離に挑戦するランナーにとって、「ワイドー」という言葉はまさに大会を象徴する言葉でした。
苦しくなったとき、沿道から聞こえる「ワイドー!」。
その一言に力をもらったランナーも少なくなかったはずです。
大会名そのものに宮古島の言葉が使われていることも、この大会が単なるマラソン大会ではなく、島とランナーが一緒につくってきたイベントだったことを物語っています。
宮古島の冬の風物詩だったワイドーマラソン
宮古島とスポーツイベントの関係は深く、春の全日本トライアスロン宮古島大会をはじめ、年間を通じてさまざまなスポーツイベントが開催されています。
その中で、1月の宮古島100kmワイドーマラソンは冬を代表するイベントの一つでした。
全国からランナーが来島すれば、ホテルや民宿に宿泊し、飲食店を利用し、レンタカーを借り、お土産を購入します。
ランナーだけではなく家族や仲間が一緒に宮古島を訪れるケースもあります。
スポーツ大会でありながら、観光や地域経済とも密接につながっていた大会でした。
第36回が「最後のワイドーマラソン」に
2026年1月25日のスタート時点で、多くの参加者にとって、それが長い歴史の最後の大会になるとは想像していなかったかもしれません。
しかし結果的に、第36回大会が宮古島100kmワイドーマラソンの最後の大会となりました。
公式サイトには現在も第36回大会の記録が残されており、完走者は自分の記録や順位、完走証を確認できます。
572人がエントリーし、541人がスタートラインに立ち、352人がゴールへたどり着いた最後の大会。
一人ひとりのランナーに、それぞれ違った100km、50kmの物語があったはずです。
大会終了は宮古島の変化を象徴している
今回の終了決定は、一つのマラソン大会がなくなるというだけの話ではありません。
宮古島では観光客の増加、ホテル建設、レンタカーの増加、交通環境の変化、人手不足など、この十数年間で島を取り巻く環境が大きく変化してきました。
大規模イベントを続けるためには、参加者を集めるだけではなく、交通、安全、医療、ボランティア、スタッフなど、地域側の受け入れ体制も必要です。
観光客が増え続ける宮古島だからこそ、「イベントを開催すること」だけではなく「島側が無理なく支え続けられるのか」という視点も、これまで以上に重要になっています。
36回続いたワイドーマラソンの終了は、宮古島の観光やスポーツイベントのあり方が新しい段階に入っていることを象徴する出来事とも言えそうです。
36回続いた大会を支えたすべての人へ
大会を走ったランナー。
何度も宮古島へ戻ってきたリピーター。
早朝から準備を続けたスタッフ。
エイドステーションを支えたボランティア。
交通整理や安全管理に携わった関係者。
そして沿道から「ワイドー!」と声援を送り続けた島の人たち。
36回という歴史は、誰か一人がつくったものではありません。
ランナーと宮古島の人々が長い年月をかけ、一緒につくり上げてきた歴史です。
まとめ|「ワイドー!」の声とともに36回の歴史に幕
宮古島の冬を彩ってきた宮古島100kmワイドーマラソン。
2026年1月25日に開催された第36回大会を最後に、その歴史に幕を下ろすことになりました。
夜明け前の宮古島を走り始め、海を見ながら橋を渡り、サトウキビ畑や集落を抜け、自分自身の限界に挑む100km。
その道の途中には、ランナーを支える多くのスタッフやボランティア、そして島の人たちがいました。
大会そのものは終了しても、36回にわたって宮古島を走ったランナーの記憶、支えてきた島民の記憶、そして沿道に響いた「ワイドー!」の声まで消えるわけではありません。
宮古島のスポーツ史に刻まれた「宮古島100kmワイドーマラソン」。
長い間、本当にお疲れさまでした。
そして、36回の大会を支えてきたすべての皆さんに、感謝を込めて。
大会記録
最終大会:第36回 宮古島100kmワイドーマラソン
開催日:2026年1月25日(日)
種目:100km・50km
100km:申込319人/出走300人/完走174人/完走率58.00%
50km:申込253人/出走241人/完走178人/完走率73.86%
合計:申込572人/出走541人/完走352人/完走率65.06%
主催:宮古島市・沖縄タイムス社
主管:宮古島市陸上競技協会・宮古島100kmワイドーマラソン実行委員会



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