宮古島の地震・津波の歴史|過去最大級の明和大津波と宮古島断層帯

【10秒で分かる】宮古島の地震・津波の歴史
宮古島は「地震が少ない」と思われがちですが、1771年の明和の大津波では宮古諸島で2,548人が犠牲となりました。1938年には宮古島近海でM7.2の地震が発生し、1.5mの津波を観測。さらに宮古島にはM7クラスの地震を起こす可能性がある宮古島断層帯があります。海に囲まれた宮古島では、地震の揺れだけでなく「津波まで考える」ことが重要です。 

宮古島は本当に「地震が少ない島」なのか?

宮古島で生活していると、本州などと比べて大きな地震を経験する機会が少なく、「宮古島は地震が少ない」「大きな地震は来ない」と感じている人もいるかもしれません。
しかし、宮古島地方の歴史を調べてみると、その印象とは異なる事実が見えてきます。
1771年には先島諸島を巨大津波が襲い、宮古諸島だけで2,548人が死亡。1938年には宮古島近海でM7.2の地震が発生し、平良港に1.5mの津波が来襲しています。
さらに宮古島の地下には複数の断層からなる「宮古島断層帯」が存在します。
つまり宮古島は「地震が起きない島」ではありません。
むしろ海に囲まれた島だからこそ、地震の揺れだけではなく、その後に発生する「津波」を含めて考える必要があります。

宮古島史上最大級の災害|1771年「明和の大津波」

宮古島の地震・津波史を語るうえで絶対に外せないのが、1771年4月24日(旧暦3月10日)に発生した「明和の大津波」です。
宮古島地方気象台によると、石垣島の南南東を震源とするM7.4の地震に伴って巨大津波が発生し、宮古・八重山諸島に甚大な被害をもたらしました。
宮古諸島では、多良間島・水納島を含め2,548人が死亡したと記録されています。
特に被害が大きかったのが宮古島南岸です。
宮国・新里・砂川・友利では591戸の家屋が崩壊し、2,042人が亡くなったとの記録が残っています。
八重山を含む先島諸島全体では、死者・行方不明者は1万人を大きく超える規模となりました。

M7.4なのに、なぜこれほど巨大な津波が起きたのか?

1771年の地震には、現在でも研究が続いている大きな謎があります。
地震そのものの規模はM7.4とされていますが、津波の規模から算出する「津波マグニチュード」はMt8.5。
地震本部によると、地震動による被害の記録がほとんどない一方、先島諸島には最大約30mの高さに達する巨大津波が押し寄せたとされています。
なぜ地震の規模に比べて、これほど大きな津波になったのでしょうか。
産業技術総合研究所は石垣島南方沖の海底地形を詳しく調査し、琉球(南西諸島)海溝沿いに長さ約80km、幅約30kmにも及ぶ巨大な海底地すべりの痕跡を確認しました。
この海底地すべりを想定した数値シミュレーションでは、1771年の巨大津波の高さをおおむね再現できたとしています。
そのため、1771年の巨大津波については「地震に伴って発生した大規模な海底地すべりが津波を巨大化させた可能性」が研究によって示されています。
ただし、巨大津波の発生メカニズムについては研究が続いており、一つの説だけで完全に確定したわけではありません。

「大きく揺れなかったから大丈夫」が通用しない可能性

1771年の出来事から分かる非常に重要な点があります。
それは、
「強い揺れを感じなかった=津波は来ない」
とは限らないということです。
1771年の八重山地震津波について地震本部は、地震動による被害は記録されていない一方、巨大津波によって甚大な被害が発生したとしています。
海岸近くにいるときに強い揺れや長い揺れを感じた場合はもちろんですが、津波警報・大津波警報が発表された場合には、揺れの強さだけで自己判断せず避難することが重要です。

1771年以前にも巨大津波が来ていた可能性

さらに注目したいのが、明和の大津波が「宮古・八重山で一度だけ起きた特殊な災害」とは限らないことです。
先島諸島では、海岸に打ち上げられた巨大なサンゴ礁岩塊「津波石」や、地中に残る津波堆積物の研究が進められています。
地震本部は、砂質津波堆積物の年代測定から、過去約2,000年間に1771年と同規模以上の津波が、1771年を含め少なくとも3回発生したとする研究があることを紹介しています。
ただし、それぞれの津波がどのような地震や現象によって発生したのかについては、まだ明らかになっていません。
それでも「先島諸島では過去に巨大津波が繰り返し発生してきた可能性がある」という事実は、宮古島の防災を考えるうえで重要です。

1938年|宮古島近海でM7.2

1771年から約167年後の1938年6月10日、今度は「宮古島近海」を震源とするM7.2の地震が発生しました。
最大震度は4。
そして宮古島地方気象台の2026年の資料によると、地震発生から約10分後には平良港へ高さ1.5mの津波が来襲しました。
桟橋が流され、帆船などにも被害が発生しています。
「宮古島近海でM7クラスの地震が実際に起きている」という、比較的新しい時代の重要な記録です。

1958年|石垣島近海でM7.2

1958年3月11日には石垣島近海でM7.2の地震が発生しました。
この地震では死者1人、負傷者3人が出たほか、家屋の破損、ブロック塀の崩壊、道路の陥没などが記録されています。
宮古島だけを見るのではなく、石垣島・八重山を含めた先島諸島全体の地震活動を見ることが重要です。

1960年|地球の反対側・チリから津波が宮古島へ

宮古島の津波を考える際、近くの地震だけを警戒すればよいわけではありません。
1960年5月23日、南米チリ中部西方沖で巨大地震が発生しました。
その津波は太平洋を約22時間半かけて日本まで到達。
翌24日、宮古島にも押し寄せました。
平良港で観測された津波の最大の高さは181cm。
下地町では33戸が床上浸水しました。
宮古島では地震の揺れをほとんど感じていなくても、遠く離れた海外の巨大地震によって津波が来ることがあります。
これを「遠地津波」と呼びます。

2011年東日本大震災でも平良港に津波

2011年3月11日に三陸沖で発生した東日本大震災(M9.0)でも、宮古島まで津波が到達しています。
平良港で観測された津波の高さは65cmでした。
このほか、1986年の台湾付近のM7.8で平良港30cm、1996年のニューギニア付近M8.1で23cm、2010年のチリ中部沿岸M8.5で43cm、2015年のチリ中部沿岸の地震でも13cmが観測されています。
宮古島にとって津波は「宮古島近海で地震が起きた時だけの問題」ではないのです。

宮古島地方に影響した主な地震・津波

宮古島地方気象台の記録を年代順に見ると、主なものだけでも次のような地震・津波があります。

1771年4月24日|石垣島近海|M7.4|明和の大津波。宮古島地方で約2,500人死亡。
1898年9月1日|石垣島近海|M7.0|道路破壊、石垣崩壊、山崩れなど。
1938年6月10日|宮古島近海|M7.2|津波1.5m。桟橋流出など。
1958年3月11日|石垣島近海|M7.2|死者1人、負傷者3人。家屋破損、道路陥没など。
1960年5月23日|南米チリ沖|M8.5|平良港1.8m。下地町33戸床上浸水。
1986年11月15日|台湾付近|M7.8|平良港30cm。
1996年2月17日|ニューギニア付近|M8.1|平良港23cm。
2010年2月27日|チリ中部沿岸|M8.5|平良港43cm。
2011年3月11日|三陸沖|M9.0|平良港65cm。
2015年9月17日|チリ中部沿岸|M7.1|平良港13cm。

こうして並べてみると、宮古島は近海地震だけでなく、台湾、日本本土、さらには南米から到達する津波の影響も受けてきたことが分かります。

宮古島には「宮古島断層帯」がある

そして現在の宮古島を考えるうえで知っておきたいのが「宮古島断層帯」です。
地震調査研究推進本部によると、宮古島断層帯は宮古島だけではなく、池間島・来間島・伊良部島にも分布する複数の断層から構成されています。
大きく「宮古島断層帯中部」と「宮古島断層帯西部」に分けられます。

宮古島断層帯中部

長さは28km以上。
全体が一つの区間として活動した場合、
「M7.2程度、もしくはそれ以上」
の地震が発生する可能性があると評価されています。
その際、断層近くでは東側が西側に対して相対的に2m程度、もしくはそれ以上低くなる段差が生じる可能性があります。

宮古島断層帯西部

長さは17km以上。
全体が一度に活動した場合、
「M6.9程度、もしくはそれ以上」
の地震が発生する可能性があります。
断層近くでは東側が西側に対して相対的に1m程度、もしくはそれ以上低くなる段差が生じる可能性があります。

ただし、ここは誤解しないようにしたいところです。
「近いうちにM7.2が来る」という意味ではありません。
宮古島断層帯については、最新の活動時期や平均活動間隔について十分なデータが得られておらず、将来の地震発生確率は「不明」とされています。
宮古島は石灰岩が広く分布し、河川が発達していないため、一般的な活断層調査で活動履歴を復元することが難しいという事情もあります。

そして2026年、宮古島北西沖で地震活動が活発化

宮古島の地震は、決して昔だけの話ではありません。
2026年2月26日ごろから、宮古島北西沖で地震活動が活発になりました。
3月2日19時39分にはM6.2、最大震度3の地震が発生。
2月26日から3月31日までに、震度1以上を観測した地震は32回に達しました。
内訳は、
震度3=1回
震度2=13回
震度1=18回。
一連の地震は沖縄トラフ沿いで発生しています。
気象庁によると、この周辺では過去にもM5以上の地震が時々発生しており、2007年4月20日にはM6.7、最大震度3の地震も発生しています。
2026年の地震活動が1771年の明和の大津波や宮古島断層帯の活動に直接結びつくという情報はありません。
必要以上に不安になるのではなく、「宮古島周辺では現在も地震が発生している」という事実を知り、日頃から備えることが大切です。

宮古島で地震に遭遇したら「津波」を意識する

観光で宮古島を訪れている人に特に知ってほしいのが、海岸で地震を感じた時の行動です。
宮古島には与那覇前浜、砂山ビーチ、新城海岸、吉野海岸、保良泉周辺、佐和田の浜など、海沿いに多くの観光スポットがあります。
海岸や低い土地にいる時に強い揺れを感じた場合、または弱くても長い揺れを感じた場合は、津波情報を確認するとともに、津波警報等が発表された場合には海から離れて高い場所へ避難してください。
特に近海で発生する津波は到達までの時間が短い場合があります。
1938年の宮古島近海地震では、平良港に約10分で津波が到達したとされています。
海を見に行ったり、写真や動画を撮影するために海岸へ近づいたりする行為は非常に危険です。

「津波が来るか確認してから逃げる」では遅い

津波は最初の波が最大とは限りません。
また、一度波が引いたからといって安全になったわけでもありません。
津波警報・大津波警報が発表されている間は、自分の判断で海岸へ戻らず、解除されるまで安全な場所にとどまることが基本です。
宮古島市では地震・津波を含む防災マップを公開しており、地域ごとの津波浸水想定や指定緊急避難場所などを確認できます。
宮古島へ旅行する際にも、宿泊ホテルや現在地から「どちらへ逃げれば高い場所へ行けるか」を一度確認しておくだけで、いざという時の行動は大きく変わります。

宮古島では地震より「津波まで考える」

宮古島の地震史を調べていくと、一つの特徴が見えてきます。
宮古島で考えるべきなのは「何震度だったか」だけではありません。
1771年には地震動による大きな被害記録がない一方、巨大津波によって宮古諸島で2,548人が犠牲になりました。
1938年にはM7.2の地震から約10分で平良港に1.5mの津波。
1960年には、遠く南米チリで発生した地震から約22時間半後、日本に津波が到達し、宮古島でも平良港で1.81mを観測しました。
そして宮古島にはM7クラスの地震を起こす可能性が指摘されている宮古島断層帯があります。
「宮古島は地震が少ないから大丈夫」ではなく、
「頻繁ではなくても、過去に大きな地震と津波があった島」
として知っておくことが大切です。

1771年「明和の大津波」は別記事で詳しく紹介

1771年の明和の大津波については、みゃーくずみで別記事として詳しく紹介しています。
宮古島・伊良部島などに残る津波石や、巨大な「帯岩」、島に残された津波の痕跡などについてはこちらをご覧ください。

▶ 明和の大津波|宮古島に残る津波石と防災の教訓
https://myakuzumi.com/2220/

宮古島を楽しむためにも、知っておきたい島の歴史

宮古島といえば、宮古ブルー、美しいビーチ、サンゴ礁、青い空。
普段の観光で地震や津波を意識することはほとんどないかもしれません。
しかし、その美しい海とともに暮らしてきた宮古島には、巨大津波によって多くの命が失われた歴史もあります。
怖がるために歴史を知るのではありません。
過去に何が起きたのかを知り、いざという時に迷わず行動できるようにする。
それも宮古島を安心して楽しむための大切な情報です。
「地震を感じたら、海の近くでは津波を考える」
1771年から現在まで続く宮古島の地震と津波の歴史を、島に暮らす人にも、宮古島を訪れる人にも知ってもらえればと思います。

【参考】
・気象庁 宮古島地方気象台「過去に宮古島地方に影響した主な地震・津波」
・地震調査研究推進本部「1771年八重山地震津波タイプ」
・地震調査研究推進本部「宮古島断層帯」
・産業技術総合研究所「石垣島、宮古島などを襲った1771年八重山巨大津波の発生原因を解明」
・宮古島地方気象台「2026年 宮古島北西沖の地震活動」
・宮古島市「宮古島市防災マップ」

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編集者コラム・宮古島への想い